森三中・大島美幸さんの小学校・中学校時代について、壮絶ないじめ体験や幼少期の性格、家庭環境を詳しく解説します。
「笑わせている」への心の転換で芸人の道を歩み始めた大島美幸さんの原点と、現在の子育てへの影響に迫ります。
大島美幸のプロフィール

森三中のボケ担当として活躍する大島美幸さん。まずは基本情報から見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 鈴木美幸(旧姓:大島) |
| 生年月日 | 1980年1月13日 |
| 出身地 | 栃木県大田原市(旧・那須郡黒羽町) |
| 血液型 | O型 |
| 身長 | 166cm |
| 最終学歴 | 栃木県立黒羽高等学校 |
| デビュー年 | 1998年 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| 配偶者 | 鈴木おさむ(元放送作家) |
| 子供 | 長男・笑福(えふ)くん |
出身地:栃木県大田原市の位置
大島美幸さんは、栃木県大田原市(旧・那須郡黒羽町)の出身です。
📍 栃木県大田原市の位置
- 住所:栃木県大田原市
- 位置:栃木県の北東部に位置する市
- 人口:約72,000人(2020年時点)
- 面積:354.36平方キロメートル
出身地と家庭環境
黒羽町は自然豊かな地域で、大島美幸さん自身が「隣の家まで100メートル」「山が多すぎてテレビの電波が届かず、ずっと砂嵐だった」と語るほど、のどかな田舎町でした。
家族構成は、両親と妹の4人家族。父親は消防士、母親は看護師という、堅実な家庭環境で育ちました。
幼少期の性格
大島美幸さんは幼少期、静かで引っ込み思案な性格でした。現在のバラエティ番組での明るく元気なキャラクターからは想像しにくいかもしれませんが、小学生時代の大島美幸さんは非常におとなしい子供だったのです。
エラコ現在の大島美幸さんの明るいキャラクターは、実は壮絶な経験を経て作られたものだったんですね。



この性格の変化には、後述するいじめ体験が大きく関わっています。
大島美幸の小学校はどこ?


大田原市立両郷中央小学校に通っていた
大島美幸さんが通っていた小学校は、大田原市立両郷中央小学校です。
📍 大田原市立両郷中央小学校の位置
- 住所:〒324-0206 栃木県大田原市中野内809
- 電話:0287-59-0009
- ウェブサイト:公式サイト
この小学校は、大島美幸さんの地元である旧黒羽町(現・大田原市)にあり、後述するU字工事の益子卓郎さんも同じ小学校の出身です。
小学校時代の壮絶ないじめ体験
大島美幸さんは、小学4年生から中学1年生までの約4年間、壮絶ないじめを受けていました。
具体的には、以下のようないじめがありました。
- 同級生の男の子に押し飛ばされ、田んぼに落とされた
- 校庭の端で裸にされ、砂場に埋められた
- 小学5年生の時には、土に埋められた
- 全裸でプールで泳がされた
田んぼに落とされた時のことを、大島美幸さんはこう振り返ります。
「堆肥で臭かった。冬だったんで手袋してたんですけど、家入る前にすっげえ洗いました、お父さんお母さんに見つかりたくないから。涙を流しながら返るってしんどいですよ」
東京スポーツ
砂場に埋められた時には、周りの子供たちが笑っていたそうです。大島美幸さんが「なんで笑うの」と聞くと、「泣くと面白いから」と言われたといいます。
いじめを受けた期間と心境の変化
いじめは小学4年生から中学1年生まで続きました。
小学5年生の時、土に埋められた大島美幸さんは「なんでこんなことするの」と聞いたところ、「面白いからだよ」と返されました。
この言葉をきっかけに、大島美幸さんの心境に変化が生まれます。
この転換により、「笑われているんじゃない、笑わせてるんだ」と考えることで、精神的に楽になったと語っています。



この「笑わせている」への転換は、まさに大島さんの芸人人生の原点ですね。



壮絶な経験を前向きに捉える強さには、心から尊敬します。
大島美幸の中学校はどこ?


大田原市立両郷中学校に進学
大島美幸さんが通っていた中学校は、大田原市立両郷中学校です。
📍 大田原市立両郷中学校について
- この中学校は、小学校と同じく旧黒羽町(現・大田原市)にありました。
- 現在は廃校となっており、廃校後の校舎は芸術家の作品を展示するスペースとして活用されています。
- U字工事の益子卓郎さんと森三中・大島美幸さんの母校として知られています
2010年4月に大田原市の4中学校(旧黒羽・川西・須賀川・両郷)が統合され、新制の黒羽中学校として開校。両郷中学校は廃校となりました。
Yahoo!ニュース 地域情報
施設内には旧両郷中学校の校歌碑が。
両郷中学校は、U字工事・益子卓郎さんと森三中・大島美幸さんの母校としても知られています。
Yahoo!ニュース 地域情報
中学でもいじめは続いていた
しかし、バスケ部でも先輩からの激しいいじめに遭っていたといいます。
小学校から続いていたいじめは、中学1年生まで続きました。
いじめから脱却したきっかけ
「私、小学校4年生から中学校1年生までいじめられてたんです。泣き虫だった」と、言い小学校時代を振り返った大島さん。
MBSコラム(LINE News)
前述の通り、大島美幸さんは小学5年生の時に「泣くと面白いから」と言われたことをきっかけに、「笑われているのではなく、笑わせているんだ」と心の持ち方を変えました。
この転換により、いじめを受け入れることができるようになり、精神的に楽になったと語っています。
現在の大島美幸さんは、この経験について「現実逃避だったのかもしれないけどすごく楽になった」と振り返っています。



中学1年でいじめが終わったのは、大島美幸さんの心の持ち方の変化が周囲に伝わったからかもしれませんね。



辛い経験を乗り越えた強さが、今の活躍につながっているのだと思います。
大島美幸がいじめから芸人を目指したきっかけ


「笑われている→笑わせている」への転換
前述の通り、大島美幸さんは小学5年生の時に「泣くと面白いから」と言われたことをきっかけに、「笑われているんじゃない、笑わせてるんだ」と考え方を転換しました。
大島美幸さんは番組で、校庭の端を指さしながらこう語っています。
「私が裸にされて埋められた現場です。みんな笑ってた。なんで笑うのときいたら『泣くと面白いから』って言うんです。そこからです私の芸人人生の始まりは。笑われているんじゃない、笑わせてるんだに変換したんです。そしたらすごく楽になりました。現実逃避だったのかもしれないけどすごく楽になった」
東京スポーツ
この心の転換が、大島美幸さんの芸人としての原点となったのです。
いじめっ子からのNSC入学勧め
さらに驚くべきことに、当時のいじめっ子から吉本総合芸能学院(NSC)入学を勧められたことが、芸人を目指すきっかけとなりました。
いじめっ子から「これ行けばいいじゃん?」とチラシを持ってこられたのが、吉本興業の養成所であるNSCでした。いじめの延長線上で、NSCの入学が決まってしまったのです。
grape
大島美幸さんは高校卒業後の1998年に吉本興業東京本社に入社し、森三中としてデビューを果たします。



いじめっ子からNSCを勧められたというのは、複雑な心境だったでしょうね。



でも、それがきっかけで今の活躍があると思うと、人生は不思議なものだと感じます。
現在の大島美幸が振り返る当時の記憶


子育てへの影響(息子・笑福くんへの思い)
大島美幸さんは2015年6月に長男・笑福(えふ)くんを出産しました。
長男の名前は、主演映画『福福荘の福ちゃん』から1字を入れて「笑福(えふ)」と命名されました。
現在、笑福くんは小学生。
大島美幸さんは自身のいじめ体験を思い出しながら、子育てに向き合っています。
インタビューでは、「息子のメールを週1回見る」と明かし、「過保護と言われても守りたいもの」と語っています。
また、笑福くんが小学1年生の時に「学校に行きたくない」と泣いた際には、
夏休みは週に2回、家庭教師の先生にきてもらうことにしました。「小1で家庭教師」っていうとめちゃくちゃ教育熱心に思うかもしれないんですが、うちは少し違うんです。勉強ができる子にしてほしいんじゃなくて、勉強の楽しさを伝えるためにプロの力を借りました。
AERA dot.
と、手厚いサポートをしています。
いじめに悩む子どもたちへのメッセージ
大島美幸さんは、自身の経験から今いじめに苦しんでいる子供たちに向けて、こうメッセージを送っています。
「そんな嫌な奴のために終わらせたりは絶対考えないでほしいし、未来は開けていて今がつらいなら上がるだけなので。未来はきっと楽しいと思います」
東京スポーツ
また、大島美幸さんは「体を張る危険な仕事でも『楽しくてたまらない』」と語っており、その理由を「小中学校時代に受けた壮絶ないじめに比べたら大したことではない」としています。
小中学校時代のいじめによるトラウマで、大島美幸さんは現在も「無視されることを嫌っている」そうです。



自分の辛い経験を、いじめに悩む子供たちへのメッセージに変える大島さんの姿勢は本当に素晴らしいですね。



未来は必ず開けるという言葉には、説得力があります。
まとめ


森三中・大島美幸さんは、大田原市立両郷中央小学校と大田原市立両郷中学校に通い、小学4年生から中学1年生まで壮絶ないじめを経験しました。
静かで引っ込み思案だった幼少期の大島さんは、田んぼに落とされたり、砂場に埋められたりする陰惨ないじめに遭いながらも、「笑われているのではなく、笑わせているんだ」という心の転換により、精神的に楽になり、芸人としての道を歩み始めました。
U字工事の益子卓郎さんという幼なじみとともに、小さな町・黒羽町から芸人として羽ばたいた大島美幸さん。
現在は長男・笑福くんの母として、自身の経験を活かしながら子育てに奮闘しています。
壮絶な経験を乗り越え、多くの人に笑いを届ける大島美幸さんの姿は、いじめに悩む子供たちにとって大きな希望となるはずです。
未来は必ず開ける——大島美幸さんのメッセージは、今も多くの人の心に響き続けています。
