坂口杏里さんと尾崎健夫氏の関係について、混同されがちな情報を整理します。
尾崎健夫氏は坂口杏里さんの義理の父(継父)であり、実父ではありません。
母・坂口良子さんの死後、2人の関係は疎遠になり、2016年以降連絡は途絶えています。
この記事では、出会いから現在までの関係の変化、尾崎健夫氏の現在の活動状況、そして坂口杏里さんの実父についても時系列で解説します。
坂口杏里と尾崎健夫の関係

尾崎健夫は「義理の父」(継父)
坂口杏里さんにとって、尾崎健夫氏は血の繋がらない「継父」という関係性です。
尾崎健夫のプロフィール
基本情報
- 本名: 尾崎健夫(おざき たてお)
- 愛称: ジェット尾崎
- 生年月日: 1954年1月9日
- 年齢: 72歳(2026年3月現在)
- 出身地: 徳島県
家族
- 兄弟: 尾崎三兄弟の次男
- 長男:尾崎将司(ジャンボ尾崎、2025年12月23日死去)
- 三男:尾崎直道
- 配偶者: 坂口良子(女優、2012年8月結婚、2013年3月死去)
- 義理の娘: 坂口杏里(元タレント)
職業
- プロゴルファー
- 2004年からシニアツアーに参戦
- 2009年:シニアツアー賞金王
- 2025年現在もシニアツアーに出場中(賞金ランク113位)
坂口良子との関係
- 1998年:知人の紹介で出会い
- 10年以上の事実婚を経て、2012年8月に正式結婚
- 結婚から7カ月後の2013年3月、坂口良子が死去
坂口杏里との関係
- 2015年:坂口良子の三回忌法要が最後の接触
- 2016年以降:連絡途絶え、絶縁状態が続く
坂口杏里の実父は田山恒彦
田山恒彦氏は坂口良子さんと1986年に結婚し、1991年3月に坂口杏里さんが誕生しました。
しかし、バブル崩壊後に会社が倒産し、連帯保証人にしていた坂口良子さんに40億円もの借金を負わせたとされています
坂口良子さんは1994年に田山恒彦氏と離婚し、借金を10年で完済しました。

坂口杏里さんにとって、「父親」という存在は複雑な感情を伴うものだったのでしょう。



実父による借金問題が母と自身の人生に大きな影を落としたことは想像に難くありません。



そんな中で義理の父・尾崎健夫氏を受け入れることがどれほど難しかったか、その葛藤が伝わってきますね。
母・坂口良子と尾崎健夫の出会いから結婚まで【1998〜2012年】


1998年に知人の紹介で出会い
10年以上の事実婚を経て2012年8月に正式結婚
2人は10年以上にわたる事実婚の関係を続けた後、東日本大震災を機に結婚を決意しました。
2012年8月10日、尾崎健夫氏の地元である徳島県海陽町の役所で婚姻届を提出し、正式に夫婦となりました。
坂口良子さんは当時56歳、尾崎健夫氏は58歳でした。
披露宴は徳島県で行われ、その模様はテレビでも放送されました。


坂口杏里オフィシャルブログ「ANRI ROOM」より引用
坂口杏里は当初、尾崎健夫との再婚に大反対


しかし、坂口杏里さんは母の再婚に当初大反対していました。
坂口杏里さんは「お母さんを取られると思った気持ちが強く、反抗的な態度をとっていた」と自身のブログや動画で語っており、尾崎健夫氏を受け入れることができず、嫌っていたと明かしています。
尾崎健夫氏のことを「お父さん」とは呼べず、ずっと「オジサン」と呼んでいたといいます。



母親を独り占めしたいという気持ちと、実父への失望が重なり、尾崎健夫氏を受け入れられなかったのでしょう。



母娘の絆が強かったからこそ、第三者が入ることへの拒絶も強かったのかもしれませんね。
披露宴で初めて「お父さん」と呼んだ坂口杏里
2012年の披露宴で、坂口杏里さんは初めて尾崎健夫氏を「お父さん」と呼び、坂口良子さんと尾崎健夫氏は号泣しました。その模様はテレビでも放送されました。
あんなに素敵な披露宴になるとは思ってもいなかったし、
なによりわたしは、ずっと彼のことを【おじさん】
って呼んでいたけど、初めて
【お父さん】
と、呼べました。
坂口杏里オフィシャルブログ「ANRI ROOM」
それがなにより、嬉しかったです!
両親のあんなにいい笑顔を見たら、
今までの辛かったことも、
あってよかったなって思いました!
坂口杏里さんは2013年1月のインタビューで、「もともと彼を好きじゃなかったのが、(母が)結婚した瞬間から彼とは家族になったと思いました」と母の結婚について語っていました。



披露宴で初めて「お父さん」と呼んだ坂口杏里さんの姿は、母への愛情と、家族を受け入れようとする覚悟の表れだったのだと思います。



その直後に母を失った悲しみは計り知れません。
坂口杏里と尾崎健夫の関係悪化と絶縁【2013〜2016年】


母の死後、徐々に疎遠に
2015年の三回忌が最後の接触
尾崎健夫氏と坂口杏里さんが最後に会ったのは、2015年に行われた坂口良子さんの三回忌法要でした。
尾崎健夫氏は2016年9月のテレビ取材で「それ以降は連絡を取っていません。連絡がないのは元気な証拠だと思っていました」とコメントしています。



母を失い、精神的な支えを失った坂口杏里さんが、その後困難な道を歩むことになったのは本当に残念です。



尾崎健夫氏も義理の娘の苦境を知りながら、連絡が途絶えた状態で見守るしかなかったのでしょう。
尾崎健夫の現在【2025〜2026年】


プロゴルファーとして現在もシニアツアーに参戦
尾崎健夫氏は現在72歳(1954年1月9日生まれ)で、プロゴルファーとして現在もシニアツアーに参戦しています。
2025年シーズンも複数の試合に出場しており、賞金ランク113位という記録が残っています。
2025年12月には、実兄であるプロゴルファーのジャンボ尾崎(尾崎将司)が78歳で死去し、弟の尾崎直道氏とともに追悼コメントを発表しました。
坂口杏里との連絡は途絶えたまま
報道によれば、坂口杏里さんがセクシー女優に転身した2016年以降、実兄と継父の尾崎健夫氏とは絶縁状態にあるとされています。



尾崎健夫氏もすでに70代。兄のジャンボ尾崎を亡くし、家族との別れを経験する年齢になりました。



坂口杏里さんとの関係修復があるのか、それとも疎遠なまま時が過ぎるのか。血の繋がらない家族の難しさを改めて感じますね。
まとめ
坂口杏里さんと尾崎健夫氏の関係、尾崎健夫氏の現在、そして坂口杏里さんの実父について時系列でまとめました。
尾崎健夫氏は坂口杏里さんの継父(義理の父)として、母・坂口良子と1998年に出会い、2012年8月に正式結婚しました。
しかし、坂口良子さんは結婚からわずか7カ月後の2013年3月に死去。
その後、尾崎健夫氏と坂口杏里さんの関係は徐々に疎遠になり、2015年の三回忌が最後の接触となりました。
2016年以降は連絡が途絶え、現在も絶縁状態が続いているとされています。
尾崎健夫氏は現在72歳で、プロゴルファーとしてシニアツアーに参戦中。坂口杏里さんとの連絡は途絶えたままです。
一方、坂口杏里さんの実父は元不動産会社社長の田山恒彦氏で、尾崎健夫氏とは別人です。
坂口杏里さんは実父が母に40億円の借金を負わせたことにトラウマを抱えており、「血の繋がりのお父さんいません」と断言しています。
2015年には実父のがん入院をきっかけに20年ぶりに再会しましたが、その後の関係は不明です。


