日本初の女性総理として注目を集める高市早苗さん。
実は彼女に実の子どもがいないことをご存知でしょうか。
その背景には婦人科の病気による手術と、政治家としての激務という過酷な現実がありました。
今回は、キャリアと家族の間で揺れ動く女性政治家の真実に迫ります。
高市早苗のプロフィール

- 氏名:高市早苗(たかいち さなえ)
- 生年月日:1961年3月7日(64歳)
- 出身地:奈良県
- 学歴:神戸大学経営学部卒業、松下政経塾卒塾
- 経歴:米国連邦議会Congressional Fellow、衆議院議員(10期)、総務大臣、経済安全保障担当大臣などを歴任
- 家族:夫・山本拓(元衆議院議員)、夫の連れ子3人
奈良の実家から神戸大学まで往復6時間かけて通学した苦学生時代を経て、松下幸之助氏の「政治家養成塾」である松下政経塾を卒塾。
「働いて、働いて、働いて」をモットーに、女性初の総理大臣として日本の未来を担う存在となりました。
高市早苗に子どもがいない背景とは?

なぜ「子どもがいない」ことが話題になったのか
高市早苗さんが少子化担当大臣を務めていた2007年、彼女のもとに多くのメールが届きました。
その中には
「自分が子供を産んでから、少子化対策について発言しろ」
「子供も産めない女が少子化担当大臣をするのはおかしい」
といった厳しい意見も含まれていました。
こうした声に対して、高市早苗さんは自身の公式サイトのコラムで初めて、
「婦人科の病気で手術をしてから妊娠や出産が困難な状態にある」という事実を公表したのです。
- 2007年1月21日に公式サイトでコラムを発表
- 「子供を授かることを切望しつつも諦めた」と心情を吐露
- 不妊に悩む女性への温かい社会の実現を訴える
エラコ少子化担当大臣という重責を担いながら、自らの痛みも抱えていた高市さん。



それでも「不妊に悩む方々に温かい社会を」と訴える姿勢には、深い共感と強い意志を感じます。
高市早苗に子どもがいない理由①病気による手術


婦人科の病気で手術を受けた過去
高市早苗さんは公式コラムの中で、
「残念ながら私の身体は、婦人科の病気で手術をしてから妊娠や出産が困難な状態にあるようで、子供を授かることを切望しつつも諦めた次第です」
と明かしています。
具体的な病気の詳細
- 病名:婦人科系の病気(具体的な病名は非公表)
- 手術時期:政治家になる前または政治家初期の可能性が高い
- 影響:妊娠・出産が医学的に困難な状態に
関連する情報として、高市早苗さんは近年、関節リウマチで人工関節の手術も受けており、
体調管理と激務の両立に苦労してきたことが伺えます。Yahoo!ニュース:高市早苗氏「人工関節」を告白
婦人科の病気が女性のキャリアに与える影響
- 子宮筋腫や子宮内膜症などの婦人科疾患は、働く女性に多く見られる
- 手術のタイミングと仕事の両立は、多くの女性が直面する課題
- 不妊治療に通いながら激務をこなす難しさ



病気による不妊は、本人の意思とは関係なく起こること。



それでも政治家としての使命を果たし続けた高市早苗さんの強さと、抱えていたであろう心の痛みに、多くの女性が共感するのではないでしょうか。
高市早苗に子どもがいない理由②激務とキャリアの選択


苦学生時代から続く「激務人生」
高市早苗さんの「働き続ける」人生は、学生時代から始まっていました。
神戸大学時代の激務エピソード
- 親から「短期大学以外に行くなら学費は1円も出さない」と言われる
- 早稲田・慶応に合格するも学費の問題で断念
- 奈良の実家から神戸大学まで往復6時間をバイクで通学
- アルバイトをしながら自力で学費を工面
結婚のタイミングと年齢
- 初婚は40代前半(2004年、当時43歳)
- 生物学的にも妊娠・出産のハードルが高い年齢
- 病気の影響に加え、年齢的要因も重なった
高市早苗さんは2007年のコラムで、こうも述べています。
「政治家が全政策分野の実体験をすることは不可能です。大切なことは、当事者を含めて幅広く多くの方々のご意見を伺い、十分な資料を読み込み、しっかり国益やコストや効果を分析した上で、最善の政策判断をする努力をすること」
自身が経験できなかったことでも、真摯に向き合う姿勢を示しています。
「働いて、働いて、働く」人生
高市早苗さんは2025年10月、自民党総裁選の勝利演説で、こう宣言しました。
「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」
この発言はYahoo!ニュースなどで大きな反響を呼び、SNS上では賛否両論が巻き起こりました。
SNSでの主な反応
Yahoo!ニュースの記事によると、以下のような意見がありました:
「時代に逆行している」という批判の声
「リーダーの覚悟を感じる」という支持の声
「働く女性の負担を増やすのでは」という懸念



往復6時間の通学に耐え、40代で結婚し、病気と闘いながら政治家として走り続ける。



高市早苗さんの「働いて働いて」という発言の裏には、こうした壮絶な背景があったのですね。
高市早苗さんと夫の連れ子3人との家族の絆





高市早苗さん自身の子どもはいませんが、再婚相手のお子さんがいます。
高市早苗と夫の連れ子3人との家族の絆
夫・山本拓さんとの出会いと再婚
高市早苗さんの夫は、元衆議院議員の山本拓さん(73歳)です。
山本拓さんとの結婚歴
- 2004年:結婚(高市さん43歳、山本さん52歳)
- 2017年:一度離婚(政治的スタンスの違い)
- 2021年:再婚
連れ子3人との関係
山本拓さんには前妻との間に3人の子どもがいました。
- 長男:山本建さん(41歳)福井県議会議員
- 長女:一般人のため名前は非公表
- 次女:一般人のため名前は非公表
※一部報道では長女・次女の名前が報じられていますが、 公式には確認されていないため、プライバシー保護の観点から記載を控えます。
高市早苗さんは初婚で結婚と同時に「3人の子の母」になりました。
実子ではないものの、家族として温かい関係を築いていると報道されています。
長男・山本建さんのコメント
産経新聞の取材に対し、義理の息子である山本建さんはこう語っています。
「気遣いの人。自分らしく頑張って」
産経新聞:気遣いの人。自分らしく頑張って」義理の息子、山本建さん祝意
夫の介護と政治活動の両立
2025年に入り、夫の山本拓さんが脳梗塞で倒れ、右半身に後遺症が残りました。
高市早苗さんは総裁選の最中も、夫の入浴介助などの介護を続けながら政治活動を行っていたことが明らかになっています。
介護と激務の両立
- 議員宿舎で夫を介護
- 入浴介助や日常生活のサポート
- 総裁選や国会審議と並行して実施



実の子どもはいないけれど、夫の連れ子3人と家族の絆を築き、さらに病気の夫を介護しながら総理大臣になる。



こんな女性リーダーが日本にいたなんて、驚きと同時に深い尊敬の念を感じます。
高市早苗の発言から見える「不妊に悩む女性への想い」


2007年のコラムに込められたメッセージ
高市早苗さんは、自身の体験を公表したコラムの中で、こう訴えています。
「子供を授かりたいという切実な思いを抱いて、つらい不妊治療に耐えて頑張っておられる方々に対して、もっと温かい社会であってほしいと願っています」
「政府が少子化対策の重要性を声高に叫ぶことによって、『不妊に悩んでおられる方や自らの意思で子供を産まない方を批判し、傷つけてしまうような社会の空気』を作ってはならない」
当時の社会的背景
- 2007年当時、「子供を産めない人は無駄」といった意見がネット上に散見
- 少子化対策が強調されることで、不妊の女性が追い詰められる風潮
- 高市さん自身も心ない批判を受けていた
現代にも通じる「多様性への理解」
高市早苗さんのこの発言は、2025年の現在でも色あせない普遍的なメッセージです。
様々な生き方を認め合う社会
- 子どもを持つ人も、持たない人も
- キャリアを選ぶ人も、家庭を選ぶ人も
- それぞれの事情と決断を尊重する



自分が傷ついた経験を、他の誰かを守るための言葉に変えられる強さ。



高市早苗さんのこのコラムは、今もどこかで不妊に悩む女性の心を救っているのではないでしょうか。
まとめ|高市早苗に子どもいない理由|病気と激務、女性政治家が選んだキャリアと家族の真実
記事のまとめ
高市早苗さんに実の子どもがいない理由は、大きく分けて2つありました。
①婦人科の病気による手術
- 妊娠・出産が困難な体になった
- 本人も「子供を授かることを切望しつつも諦めた」と公表
②激務とキャリア、そして結婚のタイミング
- 往復6時間通学の苦学生時代から続く激務人生
- 初婚が40代と遅く、年齢的要因も重なった
- 「働いて働いて働く」を貫いた政治家人生
それでも築いた家族の絆
- 夫・山本拓さんの連れ子3人と良好な関係
- 2025年には脳梗塞で倒れた夫を介護しながら総理に
- 血のつながりを超えた家族愛
高市早苗さんの人生は、「子どもがいない女性」というレッテルでは語れません。
それは、病気と闘い、激務に耐え、家族を愛し、そして日本の未来のために走り続ける、一人の強い女性の物語なのです。



高市早苗さんの生き方は、「女性はこうあるべき」という固定観念を打ち破るものです。



子どもを産むことだけが女性の価値ではない。キャリアも家族も、自分らしく選んでいい。



そんなメッセージを、彼女の人生そのものが教えてくれている気がします。
